2009年06月24日

沖縄県民斯く戦えり【集団自決の真実A】

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■これは正義と道徳の問題だ!
 22日の最終日は沖縄本島で戦跡を巡る予定であったが、急遽、貴重な重要証言を聞ける機会がもたらされた。元琉球政府の照屋昇雄さんの話を伺えたのである。照屋さんは、島民に「戦傷病者戦没者遺族等援護法」を適用して遺族補償金を拠出させた経緯をすべて知っている当事者だ。昨年8月27日付産経新聞「渡嘉敷島集団自決、軍命令を否定する証言」のスクープで証言された方である。
 実は照屋さんは、この日の直前まで証言を躊躇されていた。曰く、「私は今までずっと正しいことは言えなかった。それほど左翼勢力の力が恐ろしいのが沖縄です。もし真相を話したら、ここには住めなくなるし、命の危険もある。今日は特別。誰にも話したことがないことを話します」。私たちは沖縄の複雑な事情に改めて驚いた。以下、要点のみ記す。
 まず今の「混乱の原因は援護法にある」と言われた。要するに「軍の要請によって壕から出て死亡したら補償金が出る。しかし、自分から壕を出て死亡したらお金はゼロ。荒廃した島の現状を知っている私たちの側には、住民の申請が『ウソ』と分かっていても目をつぶって受理する方針があったのです」とのことだった。これが利用され、「悪逆非道の日本軍」との神話が出来上がってしまった。
 赤松隊長については、「たいへんに立派な人。アメリカの従軍記者も赤松隊長をとても誉めていた」。住民と兵との関係については「渡嘉敷、座間味の住民は、兵と親しかった」との由。兵は常々「我々はどうせ死ぬから(もともと赤松隊長は海上特攻隊である)。食料はあそこに隠してある。みんな長生きしてくれ」と言っていたのだそうだ。しかし、座間味の自決の件が慶留間に伝えられ、渡嘉敷にも報じられて、島民は「座間味同様、我々も…」となったようだ。
 戦後、援護法適用に際して厚生相の資格審査委員会で「隊長命令があったなら…」となり、玉井喜八村長が何度も赤松氏宅を訪ね、懇願した経緯を語られた。「隊長命令があったことにして欲しい」と泣きながら頼まれた赤松氏は次のように述べたという。「私は渡嘉敷で死ぬはずだった。しかし、渡嘉敷の人たちのおかげで、今生きていられる。命令があったことにしましょう」。資格審査が通り、補償金の支給が決定した。以後、この筋で、座間味島も承認され、他の島々へと波及していったのだという。照屋さんは「玉井村長と『この話は墓場までもっていこう』と誓い合った」そうだ。「赤松隊長が新聞や本で批判されているのを見るたび『申し訳ありません』と手を合わせ、心が張り裂ける思い」だった。大江健三郎氏が著書『沖縄ノート』で、1970年の慰霊祭に訪沖した赤松氏を激しく批判しているが、そもそもは村長や遺族会などが「赤松隊長のおかげで今の村がある」と、氏を招待したのに左翼団体のせいで大騒ぎになってしまったと無念そうに話された。
 赤松氏が癌に冒されて余命幾ばくもなくなった時に、奥様から玉井村長に「自決命令の件を『村史から消してほしい』」との要請があった。軍の名誉を守るためという。しかし、村長は以来、日々眠れない夜を過ごすことになった。「真相を明らかにしたらどうなるか…、援護金の件と隊長への恩義の間で板挟みに合ってたいへん苦しんでいました」。真実が明かされぬまま、赤松氏は逝去される。村長はなおも苦悩し続け、赤松氏の後を追うようにして亡くなった。生前、赤松氏を「神様のような人」と形容していたという。
 「島民は、真相を知っているのか」との質問には「島民は全部、分かっています。でも誰にも本当のことは言わなかった」。なぜなら「自決命令を否定するとなると、役場は該当者の全ての戸籍を書き換えて改定しなければならない。そんなことは今さら出来ない。それゆえ、調査もしない。だから、今でも『村史』から消していない」のである。
 しかし、私たちは役人の事情とは別にして「ウソを教えること」「正しい人を貶めること」は絶対に許してはならない。これは「道徳」と「正義」の問題であると確認した。
 別の貴重な証言もお聞きした。日本軍が避難中の住民を壕から追い出したとされる件の真相である。沖縄県平和祈念資料館には、常設展示として壕内の避難住民に銃剣を向け、険しい表情で立っている日本兵の蝋人形があるやに聞いている。自分たちが助かるために兵が住民を壕から追い出したのだと言いたいらしい。現にこの話は教材としてもまかり通っている。しかし、そんな馬鹿なことはやはり無かった。照屋さんによれば、真相はこうである。
 「米軍が上陸してきて白兵戦が必至になった時、隊長と兵隊が、付近に隠れている住民を壕や亀甲墓から出させて、避難させたのです。避難を指示する際も、当然、着剣で銃を前に持って構えていますよ。いつ白兵戦になるかわからないから。その上、兵隊も緊張して興奮してます。すぐそこにアメリカ兵が迫っているんですから。もうパニック状態で言葉も荒い。『今すぐに壕から出て逃げろ!』って動作も乱暴だったでしょう。状況がよくわからなかった住民もいたかもしれません。でも、それは住民を早く逃がすため、助けるためでした。これが<住民の壕を奪って軍の陣地にするために追い出した>となってしまった」
 件の資料館が反日偏向教育の拠点と言われるのもむべなるかなとの思いを深くした。
 最後に、この聞き取りで得たあまり知られていない秘話を紹介したい。実は渡嘉敷島には、赤松隊長の小さい顕彰碑がある。当初、立派なものを作ろうと計画したが、左翼勢力が騒ぐとの理由で、誰にも分からない場所に隠匿している。そして、今でも毎年、遺族会などの人たちの手で赤松隊長の慰霊祭を秘かに続けているのだそうだ。
ーーーここまで引用ーーー


また、つい先日にも沖縄の有識者による集団自決、軍命令否定の特集記事が発表されました。

沖縄集団自決「軍の命令ではない」 地元誌が特集記事  2009年6月10日  産経ニュース
第2次大戦末期の沖縄戦で守備隊長が住民に自決を強いたとされる「沖縄集団自決」について「軍命による自決ではなく、切羽詰まった住民が自殺した悲惨な事件だった」とする特集記事が沖縄県浦添市文化協会発刊の「うらそえ文藝」第14号に掲載され、波紋を広げている。特集には、自決現場を目撃した当時の米軍の報告書や住民の証言などが収録され、問題の発端となった地元紙、沖縄タイムス発刊の「鉄の暴風」こそが訂正すべきと結論づけている。
「鉄の暴風」で自決を強いたと名指しされた守備隊長や遺族らは、この記述を元に書かれた大江健三郎氏の「沖縄ノート」に対し出版差し止めなどを求めているが、昨年秋の2審判決では訴えが退けられ、現在、最高裁で争われている。
この特集記事を書いたのは同誌編集長で沖縄県文化協会長の星雅彦氏と沖縄戦ドキュメンタリー作家として知られる上原正稔氏の2人。上原氏は長く「鉄の暴風」を疑ったことがなく、現地調査した作家の曽野綾子氏が1973年に「ある神話の背景」で疑問を呈したさいも、軍命による集団自決を事実として信じて疑わなかった。ところが、沖縄タイムスや琉球新報などで沖縄戦に関連した連載記事を書くうちに、新たな住民の証言や米軍の報告書などを入手、「(『鉄の暴風』は)現地調査しないまま軍命による集団自決をでっち上げたという結論に達した」という。
上原氏によると、こうした結論を2年前に琉球新報で長期連載中の沖縄戦をめぐる記事に盛り込もうとしたところ、「新聞社側の圧力で断念せざるを得ず、『うらそえ文藝』での発表に踏み切った」と説明している。
また、星氏も沖縄県史編纂(へんさん)で40年ほど前に、集団自決事件の起きた渡嘉敷島を訪問した際、住民の話から軍命の存在に疑問を抱いたが、「鉄の暴風」が沖縄県民の間で定着し、疑問を差し挟めない状況だった。しかし、「今回は勇気を持って真実を知らせるべきと決心した」と、話している。 富田詢一・琉球新報社編集局長の話「上原氏への圧力はありません」


どちらも実際に島民への聞き取り調査、取材により集団自決の軍命令はなかったと結論づけられています。

そして、赤松隊長の顕彰碑を建て慰霊祭を秘かに続けている

この島民の証言が軍命令ではなかったとのなによりの証拠ではないでしょうか?
一昨年の教科書検定の騒ぎからも分かるように沖縄は非常に「アカ」、左翼勢力の力の強い地域でもあります。

しかし、だからと言って人道的に反する嘘を左翼勢力の言うがままにはびこらせたままではなりません。

沖縄の方々が勇気を持って真実を堂々と述べることが出来る時が来るように願っていきたいと思います。

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posted by 豪 at 00:49| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(1) | 歴史問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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