2010年01月21日

世界に愛された日本〜教科書に載らない歴史F【台湾で神様になった日本人その2 廣枝音右衛門】

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今日は久々に、世界に愛された日本〜教科書に載らない歴史シリーズをアップしたいと思いますw
本文はブログ「ねずきちのひとりごと」
より引用です。

image/2010-01-20T23:11:081

廣枝音右衛門警部

売国左翼や反日主義者、朝鮮半島などでは、日本人の警察官というものは、まるで悪の権化のように思っているかのようです。
ところが台湾にいきますと、いまでも高砂族のあいだで、警察といえば守り神のように慕われています。
戦前の台湾の警官といえばエリート中のエリートだったのです。
警官になるのは、現在の東大に合格するよりむずかしいことでした。
台湾の警察官は、それだけ名誉ある職業であり、人々から尊敬される職業だったのです。
その台湾で、神として祀られている警察官がいます。
その警官の名前は、廣枝音右衛門(広枝音右衛門)といいます。
音右衛門は、明治38年の生まれで、神奈川県小田原市で生まれた方です。
逗子の開成中学、日本大学予科と進み、昭和3年、23歳のとき、佐倉歩兵第57連隊に入隊し9、軍曹となりました。
任期満了で除隊したあと、湯河原の小学校教員などをしていたのですが、昭和5年、台湾にわたり競争率100倍という超難関の台湾総督府の巡査となりました。
そして台湾・新竹州の巡査として勤務した。
この時代、台湾の察官は、治安活動だけでなく、台湾の人々を内地の日本人と同等の教育、文化水準に引き上げるという、行政上の役割も担っていました。
昭和17年5月、音右衛門は、警部に昇進し、新竹州竹南の郡政主任として勤務します。
そしてここで、大東亜戦争の戦線拡大にともなって台湾で結成された総勢二千名におよぶ海軍巡査隊・総指揮官を拝命します。
海軍巡査隊は、昭和18年12月8日、高雄港から特務艦「武昌丸」に乗り込んで、フィリピンのマニラに向かいました。
マニラでは厳しい訓練の日々が続きます。
音右衛門は、隊長として、常に部下の先頭に立厳しい訓練を率先して受け、部下たちひとりひとりを励まし続けました。
そんな廣枝隊長を部下たちは、とても慕った。
巡査隊の任務は、物資の運搬、補給などの後方支援です。
戦況は刻々と悪化し、ついに昭和20年2月、マニラ市近郊に米軍が上陸してきます。
米軍と戦闘すること3週間、ついに弾薬も尽き、玉砕やむなしの情況となります。
海軍巡査隊にも、フィリピン派遣軍司令部から棒地雷が支給され、
「これで敵戦車に体当たりし、全員玉砕せよ」
との総攻撃命令が出されます。
音右衛門にも家族がいます。
台湾には、妻と3人の子供たちがいる。
音右衛門は苦慮したうえで、巡査隊の小隊長を務めていた劉維添(りゅういてん)を伴って、米軍にひそかに交渉を行います。
そして二千人の部下たちを前に、こう言った。
諸君。
諸君らは、よく国のために戦ってきてくれた。
しかし、今ここで軍の命令通り犬死することはない。祖国台湾には、諸君らの帰りを心から願っている家族が待っているのだ。
私は日本人だ。
だから責任はすべて私がとる。
全員、米軍の捕虜になろうとも生きて帰ってくれ」
二千人の部下たちは、一同、言葉もなくすすり泣きます。
音右衛門の気持ちが痛いほどわかったのです音右衛門は、部下たちへの訓示のあと、ひとりで壕に入ります。
そして、拳銃をみずからの頭に向けると、頭部2発撃ち、自決した。
昭和20年2月23日午後3時頃のことです。広枝音右衛門、享年40才。
音右衛門の決断によって、海軍巡査隊の台湾青年ら二千名は、生きて故郷の台湾に帰還することができました。
このときの恩を忘れない台湾巡査隊の面々は、戦後、台湾新竹州警友会をつくり、台湾仏教の聖地である獅子頭山にある権化堂に、広枝音右衛門隊長をお祀りします。
そしてさらに広枝隊長から受けた恩義を、末永く語り継ぐべく茨城県取手市の弘経寺に、広枝隊長の「顕彰碑」をも健立する。

弘経寺 広枝隊長 顕彰碑

image/2010-01-20T23:13:021

「顕彰碑」には、以下の文章が彫られています。
---------------------
泰然自若として所持の拳銃を放ちて自決す
時に2月24日なり
その最後たるよく凡人のなしえざるところ。
せんなるかな戦後台湾は外国となりたるも
この義挙により生還するを得た数百の部下達は
吾等の今日あるは、
あのとき、隊長の殺身成仁の義挙にありたればこそと
よろしく称讃し、この大恩は孫々に至るも忘却することなく
報恩感謝の誠を捧げて慰霊せんと昭和51年9月26日隊長ゆかりの地、霊峰獅子頭山権化堂にてその御霊を祀り、
盛大なる英魂安置式を行う。
この事を知り得て吾等日本在住の警友痛く感動し、
相謀りて故人の偉大なる義挙を永遠に語り伝え
その遺徳を顕彰せんとしてこの碑を健立す
   元台湾新竹州警友会
-----------------------
昭和58年5月、小隊長をつとめた劉維添(りゅういてん)氏は、かつての隊長の自決の地であるフィリピンを訪れました。
そこで彼は、隊長終焉の地の土を集め、茨城県取手市に住む、ふみ未亡人に、その土を手渡された。(ふみさん平成元年2月、76歳で永眠)
こうして広枝隊長は、獅頭山の権化堂に神様として祭られ、鬼籍の人となったふみ夫人も、広枝隊長の位牌とともに、かつての部下だった新竹警友会の人たちの手によって、台湾・権化堂に祭られました。
ーーーここまで引用ーーー

他にも台湾では、鳥山頭ダムの八田興一氏、戦時中にグラマンに体当たりして散った杉浦兵曹を祀った飛虎軍廟、森川清次郎巡査を祀った嘉義東石富安宮と多くの日本人が台湾の人達によって大切に今もお祀りされています。

今日、伝えたいことは同じ日本統治を受けながら「負」「怨」「恨」の感情しか残らず、今も歴史的事実をねじ曲げながら日本に謝罪と賠償を求める某半島国家に比べて、台湾の人々の気持ちは非常に温かいということです。

言語や習慣の違う民族が同じ場所で生活を始める。

これは最初から事が上手く運ぶことがないのは自明の理です。

勿論、台湾でも日本と原住民との衝突もあったと聞いていますし、差別的な政策が中には全くなかったとは思いません。

ですが、台湾の人達はその負の部分にはあえて触れず、それどころか清濁抱き合わせて日本統治時代を認め、日本に好意を寄せてくれている人達が今も非常に多い。

また、地理的な位置から中国の領土拡張の為の侵攻の一番の対象となっており、日本の力を求めている人達も沢山います。
そんな台湾と台湾人の思いに戦後日本は冷たすぎました。

そして中国共産党の工作活動により、日本の政界に親中派、媚中派と呼ばれる者がはびこり、中国に媚びへつらう日本の姿は多くの台湾人を絶望させてきてしまいました。
しかし、もういい加減に目覚めなければならない時に来ているのではないか?と思う訳です。

かつて日本は白人の植民地支配から東アジアの人達を解放するために立ち上がりました。


今度は中国という膨張を続けるファシズム国家から侵略を受け、苦しんでいる少数民族やその脅威に晒されている周辺諸国に力をかすために立ち上がらないとなりません。
(その為にはまず、民主党政権を倒閣させて政権を日本人のもとに取り戻さないと、日本自体が危険な状況ではありますがw)


その熱烈なラブコールを送ってくれているのが台湾です。

どうか台湾に目を向け、耳を傾けてみて下さい。
今まで聞き逃していた大切な声が聞こえてくる筈です。


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この記事へのコメント
出鱈目な事ばかり書きやがって!
俺は朝鮮人だ。なめんなよ、馬鹿野朗!!
Posted by 有田 at 2010年01月21日 16:33
当時は未開の地も多かった台湾
多くの日本人が苦労したと聞いてます
親族の中にも死んだ人もいたらしい
それでも頑張って開拓
貧しかった台湾人を雇い(決して搾取したのではない)人間らしい暮らしが出来る様になった
戦争に負け財産の全てを捨て命からがら日本に引き揚げ日本政府から一切補償なし
長年経って狭い団地に安目に住める様になっただけ
それでも近所の日本人は「国民の血税で」とヒソヒソ
一切同情されなかった
なのに!
在サハリン韓国人支援事業なるものが仕分け事業の対象になりながら仕分けされなかったんだって
当時の朝鮮政府が勝手に朝鮮人を移住
戦後ロシアが帰国を認めなかった
戦後何年も経って気の毒に思った日本人数名のボランティア活動に政治家が目をつけ日本のせいだと言い朝鮮人が群がり・・・
いつものパターン

台湾人は日本人を犬、中国人を豚と言うんだって
犬が来た後、豚が来た
犬は吠えもするが守ってもくれる
豚はただ食い散らかすだけだって

子供の頃、親族の引揚者から聞いた話
終戦直後、台湾は騒然となってる
台湾人の数人の少年が同じ台湾人の多くを生きたまま油をかけ焼き殺し面白可笑しく日本人に話したんだって
当時は政治に無関心、南京虐殺論争も知らなかった
成長して南京虐殺論争を知ってから親族からもっと多くの話を聞いておけば良かったと後悔した
台湾人は温厚と言われるけど教育レベルも低く未開の地から出てきた人も多かっただろう
部族の違いもあったらしいし
同じ台湾人同士でもアイツ嫌いコイツ嫌いはあっただろう
戦争のドサクサ
誰が殺したなんて誰も解らない
大人になってから出会った人の親が中国からの引揚者
当時の中国人は日本に憧れてた
日本人が引き揚げた後の土地・家・全ての物を中国人が丸々手に入れた
さぞ喜んでるだろうといつも言うらしい
南京虐殺だのナンだの誰の仕業か今となっては永遠の謎

Posted by 親族に台湾からの引揚者がいます at 2010年01月21日 16:51
有田さん 初めてコメント頂くわりに随分なコメントですねw

残念ながらこの記事に書かれていることは全て真実です。

歴史的事実を直視する勇気と礼節というものをキチンと学んでから出直して下さい。

そうでなければ何度コメント頂いても恥をかくのはあなたですよ。
Posted by 豪 at 2010年01月21日 23:50
この記事が素晴らしい~~

豪さん、Good Job~!!!^^
Posted by Wright at 2010年01月22日 00:01
親族に台湾からの引き上げ者がいますさん こんばんは!

コメント有難うございます。

ご親族の方も戦後の混乱の中ご苦労をされたようですね。

今からは考えられないような出来事は沢山あったでしょう。

個人的には台湾人が火をつけて云々という話はその残虐性から実は中国人の話じゃないの?と思ったりする訳ですが。

大切なことはこれから日本と台湾の関係がどうあるべきか?ということでお互いに不幸な出来事も中にはあったでしょうが手を取り合って進んでいく。

それが両国にとって望ましい最善の手段であると多くの日本人に気づいてもらいたいですね。
Posted by 豪 at 2010年01月22日 00:15
Wrightさん こんばんは!
コメント有難うございます。
また、お褒め頂いて光栄です。

台湾と日本の絆を深めていくために、ボクには自身の拙ブログで思いを綴ることくらいの小さなことしか出来ませんが、少しでも役に立てれば幸いです。

これからもよろしくお願いしますね(^-^)/
Posted by 豪 at 2010年01月22日 01:52
私はコメントしていません。最近私の名前を騙ってあちこちにコメントしている輩の仕業です。有田一夫
Posted by 有田一夫 at 2010年01月22日 12:16
>残虐性から実は中国人の話じゃないの

外商人と内商人ですね
大陸からやってきて台湾人になった人達と元々台湾に居た人達

父が台湾人で日本国籍を取得したレンホー議員
祖母の代から大変なお金持ちだったと報道で知りました
台湾の政界にもパイプがある
親しみ易いと親近感を抱いてた日本人は多い
が彼女は青山学院卒業後、北京大学へ留学
事業仕訳でスパコンを仕分け!??
資源の無い日本
テクノロジー開発に力と金を注ぐのは宿命じゃん
本性を現したか?
祖母がどこからやって来たか今となっては誰にも解らない
別にレンホー議員だけでなく
この人は台湾人だから親日と油断してると酷い目に遭うかも
Posted by 日本人 at 2010年01月22日 21:23
有田様 わざわざコメント有難うございます。

事情はわかりました。
どのような経緯でそうなってしまったのかわかりませんか、災難でしたね。

早く悪縁が切れるようにお祈り申し上げます。
Posted by 豪 at 2010年01月23日 00:00
日本人さん コメント有難うございます。

ぜひこのブログにリンクしているライトの雑貨屋という台湾人ブロガーのブログをご覧になって見て下さい。

日本語で日本に熱いメッセージを送ってくれています。
その思いに応えるために、この記事は書き上げたものであることを理解していただけたらと思います。

また、管理人にしかわからない事情ですがこのブログは、台湾関係のリンクブログからのアクセスも何割かを占めており、
>残虐性から実は中国人の話じゃないの


これはその方達への配慮をしたものです。


レンホーの素性や中国人の血を濃く受け継いでいる反日台湾人がいるということは承知の上で記事を書いたということも合わせご理解いただければと思います。
Posted by 豪 at 2010年01月23日 00:11
>ご親族も戦後の混乱の中ご苦労をされたようですね

優しい言葉をかけて頂きありがとうございます

何故か引揚者を偏見で見る人がいるようです
おかしな思想に染まってるとか
フロンティア精神溢れる冒険家ではあったかもしれないが狂信的な思想にまみれる事はなかったと思う
暇もなかっただろうし
国内にいてもおかしな思想にかぶれる人もいるでしょう
思想ではなく金や権力維持の為、その時々の情勢に擦り寄る変わり身の早い人も
↑にカキコ
仕分けされても何故か蘇った「鳩山・仙谷」案件
ググると出てきます
http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/tachiyomi/201001141.html
でも見れます
スパコンを仕分け
日本をテクノロジー先進国の座から引き摺り降ろしながら朝鮮人には気前良く金をバラ撒く
どーせ鳩山の金じゃない
国民の血税だ

Posted by 親族に台湾からの引揚者がいます at 2010年01月25日 18:27
親族に台湾からの引揚者がいますさん こんばんは!
コメント有難うございます。
お返事が遅くなりすいません。


揺るがない信念というものを持っていれば人は、ちょっとの環境の変化や状況の変化であちらこちらに流されはしないでしょう。


金や自己の利益だけで思想、信条がないと足元がおぼつかない。

民主党の首脳陣がいい見本ですね。


自分の利権のために日本を売ろうと平気でするわけですから、戦前に日本人が持っていた精神というものは欠片も見当たらないと思います。
Posted by 豪 at 2010年01月27日 00:42
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