2010年04月14日

書籍 紹介 日本人はとても素敵だった

ご面倒お掛けします。まずは最初に忘れずクリックお願いします。

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今日は一冊の本を紹介したいと思います。 
新しい書籍ではありませんが、日本人として必読の本だと思います。



桜の花出版


「日本人はとても素敵だった」  楊 素秋著


日本人はとても素敵だった―忘れ去られようとしている日本国という名を持っていた台湾人の心象風景 (シリーズ日本人の誇り)

 
―目次―


はじめに 3

■第一章 命の恩人は日本人
大東亜戦争末期の台南 16 
心細かった受験旅行 21 
空襲で遅れた汽車 26 
日本人将校さんとの出逢い 28 
鉄橋上の汽車から落下 32
名も告げずに去っていった将校さん 35

■第二章 日本統治時代
古き良き日本時代 44 
日本統治の功績 48
父母のこと 52 
日本を愛してやまなかった父 58
台湾人意識が強かった母 59
日本時代の日常 62
日本時代は治安が良かった 63
近所の日本人とのお付き合い 67
日台人一体の隣組 69
町中に日の丸がはためいて 70
台湾で「日本」は褒め言葉 74


■第三章 素晴らしかった日本教育
台南師範学校附属国民小学校へ入学 78 
日の丸は心の中の国旗 81
愛情に溢れた先生たち 84 
涙で学徒兵を見送った日本人教師 88
学童を国の財産と思っていた日本 90
小谷先生の想い出 94
先生への信頼と敬愛 98
ラジオで私の声が全国に流れる 100
日本時代の教育内容 103
教育勅語 106
戦争の影が忍び寄る 111
大東亜戦争勃発の日 116
「国のため」と思うとエネルギーが湧く 119
疎 開 123

■第四章 優しい日本の兵隊さん
日本の兵隊さんは我々の誇り 128
兵隊さんのために一生懸命食事を作る母 132 
日常的だった兵隊さんとの触れ合い 135
軍刀をなくした兵隊さん 138
子供に優しかった兵隊さん 142
学徒兵として出陣した兄 144
兵隊さんといっしょに星を見る 146
戦争という日常の中で 149
国民学校を卒業 152
敗戦と別れ 154
女学校生活 158
兵隊さんのトラックをヒッチハイク 163

■第五章 戦後、中国人がやって来た
国軍を出迎えに 172
呆れた中国兵 175 
終戦後さっそく自転車を盗まれた 177 
中国兵の横暴 178
日本時代の終焉とともに家が傾く 182
言葉が変わって 186
日本鬼子と呼ばれて 190
督 学 192
中国人は台湾の学童を抹殺しようとした 194
血塗られた二・二八事件 196
拉致されていった台湾人の学生さん 200
脱獄を企てた唐さん 204
白色テロ 206
女学校を卒業し神学院で働く 210
台湾人の運命 217
小児麻痺の子供たちと共に刺繍の仕事 219
助けてくれた日本人将校さんが私の仕事の原動力 226

■第六章 日本人よ、しっかりしてください
失 声 230 
弁償という名のゆすりに屈する日本人 231 
靖國神社に参拝してなぜ悪い? 234 
台湾で親日感が揺らぐわけ 237
日本人に自信を植え付ける教育が必要 240
上に立つ人間がしっかりしなければいけない 244
日本人の素晴らしさ 248
昔の日本人には宗教心があった 252
日本人は日本人らしく 254
国難に面した時、日本人は必ず団結する 258
日本人であることに感謝すべき 259
日本人の使命 261

■第七章 想い出は永遠に…
日本を心から愛していた父との別れ 266
日本は私の故郷 269

(青文字の目次からは各ページにリンクしています。
ぜひ内容をお読みください。)


はじめに
 世界で最も美しく素晴らしい日本に住んでいる皆様は、自分がこの国に生まれ、この国に住んでいる幸せと喜びを先祖に感謝し、無形の神様に畏敬の念を表すことはないでしょうか。 
  おびただしい星が存在する宇宙の中で、たった一つだけ生物が″生″を営んでいる地球に、私たちは人類の一分子として、多くの異なる国と皮膚の色の違った人種と共存し、生命を継承してきました。そして、凡そその人間と称する者は、自分が生を受けて生まれ育ったその土地を母国と認識し、己が母国を愛し、土地を愛し、母なる国、土地を守ろうとする天性を備えています。

 特に皆様は、世界七大強国の一つである、日本国に生まれ育った日本人ですが、日本人に生まれてきた喜びと誇りを持ち、生まれ育った土地、母なる国に感謝したことがあるでしょうか。
  人間と称する動物は、往々にして大変我が侭且つ贅沢な者です。最高の幸せの中に置かれても満足を知らずに、日々の生活の中にせっせと不満の元を拾い集め、塊にして他人に投げ付ける者も多いようです。全ては国が悪い、他人が悪い、自分がこうなったのは他の人が悪いのだ…、というような″福の内にありて福知らず″の人間に、では君は悪いと決めつけた相手よりどれぐらい素晴らしい?と尋ねたら、どう返事をするのか興味深いものです。

 しかしこんな人間が、私たち台湾に生まれ住んだ人間のように、ある日ある時、今日から日本人でないと言われたら、まごつかないでしょうか。国籍を失った人間となり、見知らぬ所から侵入してきた外来政府に、君たちは中国人になったんだと言われたら、今まで不平不満の塊で文句ばかり並べてきた社会の反逆児は、先ずどう考えるでしょうか? 国籍を無くした人間の惨めさを知らない人たちは、「わぁ、万歳だ」と手を叩いて喜ぶでしょうか?

 昭和二十年の八月十五日、日本が第二次世界大戦、つまり大東亜戦争に敗れた年、私たちが住んでいる台湾は、今まで祖国と言ってきた日本国から切り離され、選択の余地無しに中国人にさせられてしまいました。君たちの祖国はこっちだよと言葉に蜜つけて侵入してきた外来政府は、実に天使の面を被った悪魔でした。国籍を失った台湾人は、それから中国人となり、そして中国籍になったその時から、悲惨を極める奈落の底に落とされ、イバラの道に追い込まれてしまいました。
  外来政府は、謀反を起こしたという烙印を押し、四十年もの長い年月にわたり″戒厳令″という名目で殺戮を繰り返したのです。台湾全土の人民を震撼させたあの忌まわしい二・二八事件で殺された人の数は、当時の政府の圧力により報道されていません。学生、若者、医者、学識ある者、特に財産を有する者など、死者は三万人にも上ると言われていますが、確実な数字は今でも分からないそうです。因みに当時の台湾の人口は、六百万人でした。
  戦争で死んだというなら、国のため、国民のため、とある程度納得ができましょう。しかし、口では「我が同胞」と呼びかけ、国の柱として未来を担う有能な若者、学生に、謀反の罪を着せ銃で撃ち殺してしまうとは、あまりにも惨いことです。
  六百万人の台湾人は、国籍の無きが故に父親、兄弟、夫、親友を殺されてしまいました。殺された肉親を目にしても涙を流すことすら許されなかったのです。

 今の日本の若者は、他国から統治されたことがなく、裕福で平和な国土で、幸せという座布団にあぐらをかいて過ごしてきたため、これが当たり前だと思っているのではないでしょうか。
  でも、幸せは大切にしなければいけません。なぜなら幸せは、国が立派であって初めて得ることが出来るものだからです。国が立派でも、国民の一人一人が立派でなければ、いずれ国は滅びてしまいます。
 ですから、若い人たちに呼びかけたいのです。

 日本の若者よ、背筋をシャンとしてお立ちなさい。そして自信と誇りをもって前に進みなさい!

 私は日本を心の故郷と思っています。そして台湾を愛するのと同じように、心から、祖国・日本に栄えあれと念じています。一世紀の四分の三に手が届こうとしているおばあちゃんの私は、人生行路の最終駅にたどり着く前に、日本の若者が強く大きく大地に立ち、自信一杯、誇り一杯で、お国をリードし、世界の平和を守る姿を見たいと願っております。

 私はいつも心の中で叫んでいます。
 私を生み育てた二つの母国よ、共に栄えあれ!


   平成十五年十一月九日        
          蓬莱島にて             楊 素秋


台湾と日本はかつて同じ日本国民だった。
それはよく言われる侵略という行為とは全く別な次元のものであると台湾の日本語世代の方々の生の言葉から感じられると思います。

日本人よ、胸を張りなさい!

同じ日本人として育った台湾の人々が発するメッセージ。
どんな思いでこの言葉を発しているのか?
大切なものを忘れた日本人に向けたとても重要なメッセージです。
この言葉の重みを受け止めていかないといけないのではないでしょうか?




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posted by 豪 at 14:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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