2008年04月27日

北京ジェノサイドオリンピック 毒の火リレー in 長野

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と、言うことで長野駅前で乗って来たバスを降りるとそこはすでに前日より長野入りしていたと思われる抗議活動の団体の方々と紅旗を掲げるシナ人たちが駅前ロータリー周辺にひしめき合い一触即発の状況です!毒の火が通過するまでにまだ2時間以上あるにもかかわらずそこはすでに戦場と化していましたw 小競り合いが起こる中、警官隊がついに出動。ボクたちとシナ人の間を割って入りロープを引きます。なんと3000人規模の警察官が出動したようです。沿道のむかい側から気が狂ったように「ワン チャイナ!」「ワンチャイナ!」と繰り返しているシナ人の顔を見ているとカルト宗教に洗脳された信者の様で「あ〜、こいつらには何を言ってももう無理」という諦めと絶望感が殺意と共に湧き上がりますw(半分ジョーダン 半分本気)

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又、警察の目の届かない路地裏では更に激しい攻防が繰り広げられていた模様。 「チャンコロ チャンコロ(シナ人に対する侮蔑用語)」を拡声器で繰り返していた右翼系の兄ちゃんはシナ人にボコボコされていたと言う噂。でも日本も負けてなかったみたいですw 「シナはチベットから出ていけ!」と叫びながらシナ人を追いかけ回して背後から跳び蹴りを食らわしている元気な若造くんを見かけましたw Gj!
そんな中、刑務所跡地より星野監督による毒の火リレーがスタートした模様。

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駅前ロータリーの走者は欽ちゃんでした。


また、卓球の福原愛ちゃんが走者の区間ではついに台湾在住のチベット人2世の男性が毒の火に突っ込んだ様子。

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この騒動はボクは全く目にしてなく知りませんでした。



ここで意外な(そうでもないかも)に人にご対面。 ボクがフラフラしていると後ろから肩を叩かれ振り返るとこのブログにリンクしている日本再建の編集長さんでしたwww ボクとは全く別ルートで長野入りしたそうですが意外な知り合いに会うとは嬉しいもんです。 そう、嬉しいと言えば話は少し前後しますが、今朝のシナ人の溢れ返っていたパーキングに在日チベット人一行を乗せたバスがひっそりと止まっていました。その中から雪山獅子の国旗を身にまとったチベット人の青年がボクたちに寄って来ました。仏教国でもあり、ダライ・ラマを信奉する国の人らしく穏やかでとても好感の持てる青年でした。「日本はチベットの味方です。頑張って下さいね」と声を掛けると握手を求められ、堅い握手を交わしました。 チベットの方とお会いするのは初めてでしたが本当に感じのいい方で心からチベットに平和が訪れることを願わずにはいられませんでした。

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さて、話は戻りリレーですがボクたちは毒の火が駅前を通過した後、終着点の公園へと移動を始めました。シナ人もやはり、同じことを考えた様子。なので、移動する先々で鉢合わせます。 警官隊も暴動が起きないようにそれと同時に移動を始めました。 そんな中、ボクに対してあるシナ人が目障りな紅旗と北京オリンピック歓迎などというプラカードをはたつかせて来たので、これにはつい頭にきてしまい手にしていたチベット国旗で相手のプラカードを叩き落としました。 (チベット国旗が可哀想でした(T_T))
掴み合いの喧嘩になりそうなところを割って入った警察官に諭され落ち着きました。全く、シナ人 ふ・ざ・け・る・な!!!! と、言う感じです。

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公園に到着すると警察官に誘導されチベットは右手へ、シナは左手へ進みました。ですが、これが罠だった。 ボクたちが通された広場は毒の火リレーのコースから大きく外された広場で終着点へはシナ人しか入れない様になっているのです。これでは日本でのリレーなのに紅旗を翻し、歓迎の笑顔で迎えるシナ人しか報道されません。 一部の人達は反発し終着点へ入れる様に抗議しています。警備している警察官は「すいません。我々は下っ端なので指示通りにしか出来ないんです。」と全く情けない返事。日本人とシナ人の凶暴性を比べて日本人の方を隔離した方が安全の維持が出来るという考えは分からなくもないですが「税金で給料貰ってシナ人擁護か?大したもんだな日本の警察官も。自分達の仲間が少し前にシナ人からホームに突き落とされて殺されかけたことを知らない訳はないだろうに…。」と思わずにはいられない一幕でした。



どうあっても通れない様子にボクたちは公園の外の沿道に出て毒の火がじかに見れる場所へ移動。此処で最後の抗議活動です! 物々しい警備隊に先導されて毒の火が近づいて来ます。それと共に、雨足も強まり始めました。それは、聖火を毒の火に貶められた天の涙とも、チベット人の悲しみの涙のようにも感じられました。 ボクは毒の火に向かってこの胸にわく悲しみの思いを刻みつけるように目一杯、チベットの旗を振り続けました…。
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なんか、激動の一日が終わりなにが一番印象的だったかと振り返るとシナ人の電波っぷりもかなりのもんでしたが、やはり初めて会ったチベット人の青年でした。繰り返しになりますが一日も早くチベットに真の平和が訪れるように願わずにはいられないのです。




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posted by 豪 at 04:20| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | チベット 少数民族 問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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